信条・理念

京都市に対する想い

京都(現京都市の一部)は古くは1200年以上もの昔から日本の政治・文化の中心であり、日本では唯一1100年もの長きにわたり中心であり続けた日本の代表都市である。
確かに明治維新により、首都が東京に移転され、政治の中心が名実共に東京に移り、それに伴うように文化についても中心が京都から東京に移った感がある。とは言え、1100年もの中心都市であったこの京都が、日本人の意識の中で、未だに一地方都市と評価されるのではなく、別の評価が与えられている現実がある。
だからこそ、雑誌では秋には京都特集が組まれることが定番となっており、年間4000万人もの観光客が京都市を訪れてくれるのだと考える。


これだけ多くの観光客が訪れる京都市は、直接的にも間接的にも観光がさまざまな分野で多大な影響をもたらしているのは明らかであり、都市の産業形態を考えたときに、観光都市としての将来ビジョンをもつことが必須である。にもかかわらず、将来ビションを持たず、このまま手をこまねいていたのでは、京都市に対する評価も落ちていくことだけは間違いない。
そうならないためにも、京都市が観光都市として生き残りを模索した時、日本人の歴史と伝統をどのように残し、どのように伝えていくのか、このテーマをハード面からではなくソフト面から考えていき、京都市の将来ビジョンにこの考え方を組み込んでいく必要性があると考える。


つまり、地域文化継承に焦点を当てた生涯教育、山紫水明を後世に引き継ぐための環境対策を観光都市の将来ビジョンとして組み込んでいくことが必要であると考える。
このようにソフト面を重視した将来ビジョン作成へと政策転換を図ろうとするときには、市民意識の高揚は欠かせない。市民が自らの事業と意識して、自ら関わっていく風土を作り出さなくてはならない。
そのためにも、日本初の小学校が京都の町衆によって作りだされた気概を目覚めさせなくてはならない。そうすれば、この風土を再構築することは不可能なことではないと考える。
とは言え、この風土をいきなり京都市全域で作りだすことには147万人の市民規模からいっても不可能である。
そのため、小学校区を一つの自治単位と位置づけ、小学校区毎に風土作りの実践を行う必要がある。


これによって京都市民が真の自立した市民に変わったときに、事業意識の転換が進むものと考える。日本を代表する世界的都市の京都市が、京都議定書の行動計画を始め、自立した市民によって支えられる自主独立の都市を実現できることが、私たち京都市民の誇りを高めるものである。
またこれが実現したときには、小さい自治体から政令指定都市に至るまで、どの規模の自治体に対しても京都市が日本中のモデルとなることだけは間違いない。それだけ、京都市の位置付けは日本にとって重要なものであると思っている。